たったの1文字だけのタイトルの日記はなかったような気がします。

意外な所に、斬新さを感じるという面白い機会に巡り合えた事に感謝しつつ。

惜しまれつつも、解体されたプレハブから、

昔懐かしいものが続々と発掘されてきました。

その中には、これってまだ使えるよなぁと思ったものもあったのですが、

大半は、業者さんに依頼をして引き取ってもらいました。

さて、そんな懐かしいものの代名詞と言えば、

『写真』が挙げられると思います。

今となっては、デジタルビデオカメラの普及により、

そんなに『写真』が大きな活躍をする機会は徐々に薄れていくような感じもしますが、

過去の一場面を鮮明に切り取った1ページは

自分の心を童心に返す為の、大きな資料として残されています。

それこそ、自分が生まれた当時のアルバムであったり、

小さな頃に家族で上京した時に撮りました、旧東京駅であったり、

午前四時の明るくなってくる時に、偶然写真に収めた富士山であったり、

昔を思い出すには十分な写真が発掘されたのですが、

その写真を見ると、どうしても違和感を感じざるをえないのです。

それが『顔』です。

被写体は家族ですから、当たり前のように私も映っています。

確かに、東京に行ったという記憶は薄れつつですが残されています。

ですが、写真を見た私の第一声は、

「俺って、こんな顔やったっけ・・・」でした。

無論、子供の頃の顔から紆余曲折あって今の顔があるというのは承知してはいます。

ですが、こんなに人間の顔って変わるものなのかと思える程です。

更にその時から時を経て、見つかったのは小学校6年の時の運動会の写真。

当時、応援団の一員で声援を送り、その中で最も背が高かったという理由だけで、

優勝旗を持って行進するという大役を果たした時のものです。

東京に旅行したのが確か、小学校の低学年でしたから、

数年経過して若干顔は変わってはいますが、

それでも、今の顔と比べても変化の激しさを感じ取れる一枚になっていました。

人としての年輪は顔に如実に現れるもんだなぁとしみじみ思う良い一日になりました。

今日は銀行を回った。

今日は、銀行を回って、めんどくさいが、銀行についた。ちば銀行幕張支店だ。千葉銀行なのか、ちば銀行なのかはわからないけれど、ちばぎんとひらがなでよく書いてあるのを見る。どちらが本当なのだろうか?私にはわからない。それから、窓口で、みなと銀行の解約と、残高の移しかえをしてもらった。それからさらに、千葉銀行の住所変更をしていなかったので、その手続きを行った。引っ越したとき、していなかったのだなあ。すっかり忘れていたよ。

めんどうだけれど、これまで10年以上、親に面倒な手続きをやらせていたので、仕方ない。わたしが悪いので、がんばろうと思う。

これまで、いろいろなことがあったなあと思う。会社を目の病気で休職して、マクドナルドで休憩して時間をつぶしていたなあとか、そのとき、彼氏とけんかして、親に電話したら、彼氏の味方をされて、ショックだったなあとか。いろんなことがあったなあと思う。

この3年だけでも、数え切れないぐらいの出来事があった。でも、そんなに悪いことはおきなかった気がする。それぐらい彼が守ってくれていたから。

ありがたいと思わなくてはいけないなあと思う。これまでの人生は、悪いこと続きだったから。ありがとう。

景気の回復は??

やっぱり景気が回復したと言う実感は無いです。特に会社では経費節減と言われていて、お給料も上がらずに四苦八苦しています。一部の企業だけみたいです、良くなっているのは。

さあ~、これからどうしようと言う話しになりますが、具体的にはまだ決めていませんが、ひとつだけ思っているのは、定年後の事です。

その件でこの間友達と飲みながら話しをしました。その友達も同じ事を考えていて、お互いに「二人で会社を作って仕事しよう」と言う話しになりました。

勿論、半分は冗談だとは思いますが、ちょっと嬉しかったヒトコマでした。昔みたいに定年後は悠々自適と言う訳にはいきません。定年しても働かなくてはなりません。

良く、会社に働きに来ている嘱託の人は長い間、この会社で頑張っていて、それで嘱託になったと聞きます。今はその制度もあやふやになっていると聞きます。

なかなか安定してはいないみたいです(苦笑)。出来れば慣れている今の仕事を続けられればとは思っていますが、定年してからその業種での働き口があるかは判りません。

考えように拠ってはチャンスかも知れませんが、何をどうやってどうすればが判らないので、ちょっとピンチです(苦笑)。でも、反転攻勢はかけたいですが(笑顔)。

銀行の窓口の教え子

 ある朝、地元紙を広げて読んでいました。すると。小学校の女子が二人で飛び降り自殺をしたという記事がとびこんできました。「小学生なのに自殺か」と思うと、学校のクラスの中の友達関係や、家庭環境が大きく影響しているのかもしれないなと思ってしまいました。

 今年の春に体調のせいで小学校教師を早期退職した身には、まだ教育関係の事件が気になります。「心を病んで辞めてしまったのだからもう教育とは離れよう」と自分自身で決めました。それでもやはり、身の回りに起こる事は教育問題が多く、小さな命が失われたり、傷ついたりすることに対して、なかなか無関心にはなれずにいます。「教育の事で自分の心を痛め、どうしようもなくなってやめたのだからもう考えないようにしよう」とは思ってはいます。しかし、四半世紀も学校の先生をやってしまったら、そこからはなかなか抜け出すのは難しいようです。

 そんな折、自分の退職金を少しでも率のいい銀行に預けようと、妻の休みの日に、二人で始めて行くような銀行へ出かけました。

 窓口であれこれ説明をしてくれるのですが、私にはさっぱりわからず、うちの財務大臣の妻がもっぱら質問をしていました。

 そんな時、ふと、担当者の名札を見ると、どこか見おぼえのある名前でした。今までうつむいていたばかりの顔をあげて無相手の顔を見ると、どこか昔の小さい頃に見た面影を持つ目をしていました。

 気になったので、少し間が開いたときに「前にどこかでお会いしたことはありませんか?」と思い切って聞いてみました。すると、向こうも何となくどこかで見覚えのある人だと思っていてくれたらしく、「小学校の時にクラスをもっていただきました?」とびっくりするような声で返事を返してくれました。

 もう十何年御前の学校で自分が担任したクラスの中の一人でした。その時は2年生でも、本当に元気いっぱいだった女の子がすっかり見違えるようになって、銀行の窓口に座り、私にはさっぱりわからないようなことをきちんと話しているのを見て、「成長するって、こういう事なんだなぁ」と感心すると同時に「2年生が、こんな素敵な女性になるんだから、年もとるはずだ」と思わず、自分の老い先を考えてしまっていました。